【前田 夕暮】『32選』 知っておきたい古典~現代短歌!

薔薇

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前田 夕暮 (まえだ ゆうぐれ)

前田夕暮は、1883年に神奈川県で生まれ 本名 洋造。

彼の芸術的な才能は次世代にも受け継がれ、長男の前田透もまた歌人として活躍しています。

短歌の道を志した夕暮は、著名な歌人である尾上柴舟に師事し、その指導のもとで研鑽を積みました。1906年、短歌結社「白日社」の創立。当時の短歌界では「明星」という雑誌が大きな影響力を持っていましたが、夕暮はこれに対抗する形で、翌1907年に『向日葵(ひぐるま)』を発刊します。この活動を通じて、彼は若山牧水と並び称されるほどの存在となっていきました。

1910年、記念すべき第一歌集『収穫』を世に送り出しました。この歌集の序文には「思ったこと、感じたことを正直に歌ひたい」という彼の創作理念が明確に示されており、自然主義的な作風が特徴となっています。これは、飾らない素直な表現を重視する彼の姿勢を如実に表すものでした。

さらに1912年には第二歌集『陰影』を発表します。この作品では、対象となるものの細部に対する観察眼がより一層深まり、繊細な表現力が発揮されています。そして1914年の『生くる日に』では、後期印象派の絵画が持つような視覚的な効果を短歌に取り入れるという、斬新な試みに挑戦しました。

1932年に発表された『水源地帯』では、それまでの定型短歌の形式から離れ、口語による自由律短歌という新しい表現方法を採用します。これは、より自由な表現を求めて進化を続ける夕暮の姿勢を象徴する作品となりました。

歌人としての歩みは、定型短歌と自由律短歌の間を揺れ動く、絶え間ない探求の軌跡でした。彼は生涯にわたって創作の可能性を追い求め、変革を恐れることなく新しい表現方法に挑戦し続けました。その姿勢は、短歌という伝統的な表現形式に新しい風を吹き込み、近代短歌の多様な発展に大きく貢献することとなりました。

創作活動は、1967年に84歳でその生涯を閉じるまで続きました。彼が残した作品群と革新的な精神は、現代の短歌界にも大きな影響を与え続けています。前田夕暮の歌歴は、伝統を守りながらも新しい表現を追求し続けた、まさに近代短歌の多様性を体現する貴重な足跡となっているのです。

夕暮は単なる歌人としてだけでなく、短歌という日本の伝統的な文学形式を現代に適応させ、新しい可能性を切り開いた先駆者として、日本の文学史に大きな足跡を残したと言えるでしょう。彼の生涯にわたる創作活動と絶え間ない革新の精神は、今日の短歌表現の多様性の礎となっています。

前田 夕暮 歌集

1910年 歌集 『収穫』 易風社

1912年 歌集 『陰影』 白日社

1914年 歌集 『生くる日に』 白日社

1928年 歌集 『虹 』 紅玉堂書店 新歌集叢書

1932年 歌集 『水源地帯』 白日社 詩歌叢書

1943年 歌集 『烈風』 鬼沢書房

1946年 歌集 『耕土』 新紀元社

1951年 『夕暮遺歌集』 長谷川書房 現代短歌叢書

 

前田 夕暮 短歌

馬といふけものは悲し闇深きちまたの路にうなだれて居ぬ 『哀楽』

秋の夜のつめたき床にめざめけり孤独は水の如くしたしむ 『収穫』

風暗き都会の冬は来りけり帰りて牛乳ちちのつめたきを飲む

木に花咲き君わが妻とならむ日の四月なかなか遠くもあるかな

君がくち闇のなかにもみゆるほどあかかりし夜の強きくちづけ

君ねむるあはれ女の魂のなげいだされしうつくしさかな  

卓上の小いさき塵のけざやかに眼にみゆ人に別れしあした

卵ひとつありき恐怖おそれにつつまれて光冷たき小皿のなかに

たましひよいづくへ行くや見のこししうら若き日の夢に別れて

マチすりて淋しき心なぐさめぬ慰めかねし秋のたそがれ

ややに倦むややに涙はかはきくるややに思ひは君をはなるる

髪をすくがゆびさきのうす赤みおびて冬きぬさざん花の咲く 『陰影』

初夏の野は光るなり大麦のかぜのなかなる君が唇

卓上たくじゃうの銀の時計に打ちひびく暴風あらしする夜の海の底鳴 『生くる日に』

向日葵は金の油を身にあびてゆらりと高し日のちひささよ

向日葵

向日葵

誰か一人こらへられずに林道りんどうを誰れか馳せゆく春が来たのだ 『虹』

日の暮の往還の上ほのじろし老農ひとり油さげてくる

青空にもみこむ噴水のもみ錐、きりきりひびきをたてる 『水源地帯』

暗い、暗い、とわめいてゐる体を、明るい 日のなかに持出してやる

自然がずんずん体のなかを通過する― 山、山、山

自然のいかめしい意志!原始暴力をひそめてゐる富士にうたれる

デツキに繋がれた馬!眼かくしされた動物の顔をつくづくみる

噴きあげる噴水のほさきに、青虹がわいて、硬質陶器のやうな冬空!

みるみる森を村落を田土でんどを平面に押しひろげてのぼる機体!

富士を凝視し富士に没入し時に富士に抱かれて眠ることを思へり 『富士を歌ふ』

日本列島山林構成は多く山毛欅帯なり冬されば樹幹しろじろ光る 『耕土』

もののふの悲しみ思ふ自決せしうら若き人は幾人ならむ

暗がりにのばす手先にふれたるは繃帯せるゴッホの頭らし 『夕暮遺歌集』

ともしびをかかげてみもる人々の瞳はそそげわが死に顔に

山桜散りゆく庭に風吹きて 妻と並びて立ちつくしたり

草いきれ立ちて動かぬ真昼どき われを見つめて蝶の飛びたつ

山深く入りて仏の椿咲く 岩に日のある午後のしづけさ

桜の木

桜の木

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