【山中 智恵子】『43選』 知っておきたい古典~現代短歌!

梅

山中 智恵子 (やまなか ちえこ)

1925年~2006年 愛知県名古屋市生まれ。歌人。

京都女子専門学校(現・京都女子大学)卒業。戦中の学徒動員の中、京都の古書店で前川佐美雄の歌集 『くれなゐ』と出会う。 それを契機に、前川佐美雄の歌誌「オレンヂ」

創刊(後、日本歌人)入会。前川佐美雄に師事。

師の超現実的な師の歌風 は、山中の初期の作品に色濃く影響を与える。

昭和30年代前半に起こった前衛短歌や、塚本邦雄、 前登志夫などと交流をすすめるなか智恵子の歌が一段と深化した。

山中智恵子 歌集

1963年 『紡錘』 不動工房

1968年 『みずかありなむ』 無名鬼発行所

1977年 『山中智恵子歌集』 国文社・現代歌人文庫

1978年 『青章』 国文社

1984年 『星肆』 砂子屋書房

1992年 『夢之記』 砂子屋書房

1994年 『黒翁』 砂子屋書房

1997年 『玉蜻』 砂子屋書房

1998年 『山中智恵子歌集』 砂子屋書房・現代短歌文庫

2007年 『山中智恵子全歌集』 砂子屋書房

2022年 『山中智恵子歌集』 書肆侃侃房(水原紫苑編)

山中智恵子 短歌

ウルは夏、空の梯子を上り下りうつつの塔に奈落を積むと 『紡錘』

架橋ゆく貌あらざりきユフラテにわがこころなほ向ひて渡る

かなしみの獅子は虚空につながれて黒陶の夜の車輪は軋る 

かりがねの隔つかそけき岐谷えだたにに倍音朱く鳴る孤独の星アルファード

查き罪あるかたより雁のこゑわたりまなうらのあかるみねむる 

心のみあふれゆき街に扇選ぶ 光る彗星のやうに少年らすぎ 

サフランの花摘みて青き少年は遥たり石の壁に入りゆく 

星蝕のたまゆら離るる影やどす胸壁もちて一羽は佇てり 

火格子にガス蒼くもゆたまゆらをかなたのミサに流離のわれか 

ひたぶるに離りしときを水そそぐ壺絵にゑがく泉の屋形

青梅

青梅

埃拭くビルの高窓みてすぐる標的は今日わが心とぞ 

まだ遠き鼓動に砕く水泡みなわあり母の石斧をもちて久しき 

水甕の空ひびきあふ夏つばめものにつかざるこゑごゑやさし

水の街エリドウの子よかく行きてわれら心のままのすがたかな 

身をきて問ふことやめよ沫雪の海盤車ほろぶる石垣の絶ゆ 

ゆき疲る駅の昼顔生の緒のあまれるかたへまた急ぐべし 

青空の井戸よわが汲む夕あかり行く方を思へただ思へとや 『みずかありなむ』

あはれことばに遇ひきと言はばくだつ夜の千筋の滝ぞなほも夜なる 

このあかるききそよぎの木々に帰ることなれもあゆまむ夏の境を 

このぬかややすらはぬ額 いとしみのことばはありし髪くらかりき

青梅

青梅

さくらばな陽に泡立つを目守まもりあるこの冥き遊星に人と生れて 

三輪山の背後より不可思議の月立てりはじめに月と呼びしひとはや 

行きて負ふかなしみぞここ鳥髪とりかみに雪降るさらば明日も降りなむ 

若夏の青梅選むこずゑにはなづきも透きて歌ふ鳥あり 

かりがねののちの虚空をわたらふや月よと呼べる雪のことばの 『虚空日月』

潮みちぬ 常世の雁の風の書を見すべききみがありといはなくに 『青章』

星空のはてより木の葉降りしきり夢にも人の立ちつくすかな

恍としてうぐひす鳴くをこのゆふべあはれはつかに雪降りにけり 『短歌行』

星ことばかぞへてあればまなかひに無限軌道のみえてはかなし『星醒記』

われはいかなる秋におくるる身とならむきみにおくれて半歳たちぬ 『星肆』

ホウセンカ 鳳仙花

ホウセンカ 鳳仙花

少年の背の傷口にすりこみしつまべにいろのそのほうせんくわ 『神末』

われら鬱憂の時代を生きて恋せしと碑銘に書かむ世紀更けたり

ふゆくさのこのかずかずにかぞへつつうたびときみにあひがたきかな 『喝食天』

青人草あおびとぐさあまた殺してしづまりし天皇制の終を視なむ 『夢之記』

あかときの深き茜と眉の月忘らるまじく窓 に醒めたり 

昭和天皇雨師うしとしはふりひえびえとわがうちの天皇制ほろびたり 

天皇制の無化ののちわが死なむかな国栖奏くずそうの国過ぎて思ほゆ 

氷雨ふるきさらぎのはてつくづくと嫗となりぬ 昭和終んぬ

深沓をはきて昭和の遠ざかる音ききすてて降る氷雨かも 

みづうみに鴨はねむりてこの夜の星の眉引まびきの荒くありけり 

春の日のはるかみちのく風の森風の又三郎祀りてありぬ 『黒』

杖ひとふりたもちしばかり神に添ひて御杖みづゑ神末かうずゑ 夢の浮橋 『風騒思女集』

月夜見のひかりのもとに腑分けせし内臓むらぎも荒吐神アラハバキかも

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