【山川 登美子】『15選』 知っておきたい古典~現代短歌!

牡丹 紅色

牡丹 紅色

山川 登美子 (やまかわ とみこ)

1879年~1909年 福井県小浜市生まれ。歌人。本名、とみ。

旧派の和歌を学び、1897年大阪のミッションスクール梅花女学校卒業。文芸誌『新声』に短歌を初めて投稿し入選する。与謝野鉄幹に見いだされて創刊直後の「明星」に加わる。鳳(与謝野)晶子との交流もこの頃。

鉄幹に寄せる思慕の強さが歌の意欲に結びついて実力を発揮する。 「明星」の初期を新鋭のひとりとして支えた。

1901年、親の勧める縁組により山川駐七郎と結婚。結婚してのちは作歌を離れがちになるが2年で夫と死別。晶子は鉄幹の妻となって『みだれ髪』を刊行。登美子は、その心理的葛藤が新たな歌を生んだ。

1905年、与謝野晶子、増田(茅野)雅子と合同歌集『恋衣』を刊行したが、4年後に29歳で病没。

山川 登美子 歌集など

1972年 『山川登美子全集 上巻 (本文篇)』 坂本政親編  光彩社

1973年 『山川登美子全集 下巻 (研究・資料篇)』 坂本政親編  光彩社

1994年 『山川登美子全集』 坂本政親編  文泉堂出版

2011年 『山川登美子歌集』 今野寿美編  岩波文庫

山川 登美子 短歌

髪ながき少女とうまれしろ百合にぬかは伏せつつ君をこそ思へ 『恋』

聖壇にこのうらわかきにへを見よしばしはしょくを百にもまさむ  

それとなく紅き花みな友にゆづりそむきて泣きて忘れ草摘む  

地にわが影そらに愁の雲のかげ鳩よいづこへ秋の日往ぬる  

手づくりのいちごよ君にふくませむわがさすべにの色に似たれば  

手づくりの葡萄の酒を君に強ひ都の歌を乞ひまつるかな  

虹もまた消えゆくものかわがためにこの地この空恋は残るに  

見じ聞かじさてはたのまじあこがれじ秋ふく風に秋たつ虹に  

わが息を芙蓉の風にたとへますな十三絃をひと息に切る  

わが袖も春のひかりの帰らじゃ牡丹らせてつづみに添へば   

おつとせい氷に眠るさいはひを我も今知るおもしろきかな  『山川登美子全集』

後世ごせは猶今生こんじやうだにも願はざるわがふところにさくら来てちる  

しづかなる病の床にいつはらぬ我なるものを神と知るかな  

矢のごとく地獄におつるつまづきの石とも知らず拾ひ見しかな  

わが柩まもる人なく行く野辺のさびしさ見えつ霞たなびく

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