吉井 勇 (よしい いさむ)
1886年~1960年 東京生まれ。大正期~昭和期の歌人、劇作家、小説家。
早稲田大学中退。1905年、与謝野鉄幹の東京新詩社に参加。「明星」の門をくぐり、恋愛相聞の歌を寄せて注目されていた。1909年、文芸雑誌「スバ ル」を創刊。
歓楽の巷での遊楽や、恋愛の情感を平易な抒情に歌い上げ、約50年間詠い続けた。
吉井 勇 歌集
1910年 『酒ほがひ』 昂発行所
1913年 『恋人』 たちばなや
1917年 『祇園双紙』 新潮社
1927年 『悪の華』 宝文館
1944年 『玄冬』 創元社
1946年 『流離抄』 創元社
吉井 勇 短歌
あら海の暗にひらめくの鱶の腹女の腹に似るとわらふや 『酒ほがひ』
少女言ふこの人なりき酒甕に凭りて眠るを常なりしひと
海風は君がからだに吹き入りぬこの夜抱かばいかに涼しき
かにかくに祇園はこひし寐るときも枕の下を水のながるる
君がため瀟湘湖南の少女らはわれと遊ばずなりにけるかな
唇は木の実のごとく甘ければ朝にたうベタにたうぶる
この夜また身に染むことを君にきく沈丁花にも似たるたをやめ
覚めし我酔ひ痴れし我また今日も相争ひてねむりかねつも
白き手がつと現はれて蝋燭の心を切るこそ艶めかしけれ
わが胸の鼓のひびきたうたらりたうたうたらり酔へば楽しき
魔の猫よ汝が蹠に触るる時など媚薬をば思はしむるや 『水荘記』
このごろは夜毎銀座をおとづれぬ青柳もよし鋪石もよし 『東京紅燈集』
すてばちの心となりぬ隅田川水のながれを君とながめて
この額ただ拳銃の銃口を当つるにふさふところなるべき 『夜の心』
井上の馬泥坊のおもひでがなどかくわれの涙さそふや 『悪の華』
恋もなき身はいまさらのごとくにも恍惚として雲を見るかな 『人間経』
このままに石となるべきここちしぬ膝を抱きて物を思へば
わが思ひ風に吹かれて飛ぶごとし木の葉のごときものならなくに
うつそみの腸に染むうまし酒焼酎を盛るぎやまんぞこれ 『天彦』
厭離庵のゆふべしづけし炉のうへの釜の沸ちもやがて消ゆがに
寂しければ或る日は酔ひて道の辺の石の地蔵に酒たてまつる
「しつ、人が死んだのだ」といふ灰色の人の言葉にすべては終る 『吉井勇全集』
ひとりなり心さびしき男の子なり大海おもひ笑む日はあれど (歌集未収録)
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