【中学生】から知っておきたい短歌。『相良 宏』

冬空

相良 宏(さがら ひろし)

1925~1955(大正14年4月14日~昭和30年8月23日) 東京に生まれ。昭和の歌人。

中央工業専門学校中退。19歳のとき肺結核を発病、東京郊外での療養生活中に短歌にしたしむ。アララギ系の「新泉」に入会。

近藤芳美の選をうけ、1951年(昭和26)近藤芳美を中心とする短歌雑誌「未来」の創刊に参加。編集にもたずさわり、合同歌集『未来歌集』にも加わる。

1955年(昭30)、 心臓神経症のため逝去。享年30歳。

相良の死後に「相良宏歌集」がある。この歌集は仲間であった吉田すすぐと岡井たかしの編集によって刊行された。相良の残した作歌ノート中の1000首余から400首余を選出したもので、巻末に年譜と刊行までの詳しい経緯が記されている。

歌集の構成は「野鳩の歌」「夜の林檎」「無花果のはて」の三章からなる。「野鳩の歌」は『未来歌 集』所収の歌と重なる。「無花果のはて」は、相良の遺歌稿で、当時「短歌研究」の編集者であった中井英夫によって雑誌に掲載され(1956年2月号)、歌壇の注目すると ころとなった。

 

相良 宏 短歌

相病みて我より広く生きしさへ淋しき春のみぞれふるなり『相良宏歌集』

淡あはとに白む窓の下つめたき耳をしきて眠らむ

金星が描きて沈む弧のかなし君に数学をまなびしことも

七月の空気つらぬき少年の呼ぶをしきけば鬼やんま呼ぶ

疾風に逆ひとべる声の下軽羅を干して軽羅の少女

生活といふには淡き生活の或る日心電図をとられをり

清潔にすぎし十年つきつめて生くる力は何処より来む

高窓をかがやき移るシリウスを二分ほど見き枕はづして

何待つとなき半身を起し居りほたるの光と息づきあひて

花の種子賜ひて遠く病む人のはがきに淡き指紋つきをり

微笑して死にたる君とききしときあはれ鋭き嫉妬がわきぬ

星かげは激しき楽の如くにて苦しむ友に看護婦を待つ

我が向ふ壁に巣ごもる脚くろき蜘蛛としいヘど幾日もゐ

 

アララギとは

短歌結社、またその機関誌。1908(明治41)年、正岡子規の写生説を受け継ぎ、伊藤左千夫らが創刊。その後、島木赤彦・斎藤茂吉・土屋文明らが編集にあたる。『万葉集』を旨とし、写実の道を深め歌壇の主流を占めた。1997(平成9)年まで、90年にわたって 歌壇のもっとも大きな勢力として、近代短歌に大きな足跡を残した。

 1903年6月、伊藤左千夫によって創刊された根岸派の機関誌「馬酔木あしび」がアララギの源流である。「馬酔木」が解散するとと もに、1908年1月、若い三井甲之みついこうしに編集をまかせて新しく「アカネ」がスタートした。

「アカネ」には「馬酔木」以来の同人がそのまま参加したが、やがて甲之と左千夫との間の軋轢が生じ、 左千夫らは、蕨真一郎わらびしんいちろう蕨真けっしん)を編集兼発行人として「阿羅々木あららぎ」を出すことにより、「アカネ」を脱退、分離した。

 

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