【稲葉京子】現代短歌の開拓者~ 砂廊から紡がれた叙情の世界

竜胆

竜胆

稲葉 京子 (いなば きょうこ) 

1933年、愛知県に生を受けた稲葉京子(本名:大竹京子)は、戦後の短歌界に独自の足跡を残した歌人です。2016年に83歳で逝去するまで、現代短歌の新たな地平を切り開き続けた稲葉の生涯は、日本の短歌史に重要な一章を刻んでいます。

稲葉の短歌への道は、著名な歌人・大野誠夫との出会いから本格的に始まりました。大野の指導のもと、彼女は伝統的な短歌の技法を学びながら、現代的な感性を活かした独自の表現世界を築いていきました。

短歌結社「砂廊」(後に「作風」に改称)への参加は、稲葉の歌人としての活動に重要な転機をもたらしました。ここで培われた創作活動は、後の「中部短歌」への入会へとつながり、中部地方の短歌界における重要な存在として認められていきました。

特に注目すべきは、歌誌「短歌」の選者としての活動です。選者として多くの新人歌人の育成に携わり、現代短歌の発展に大きく貢献しました。その眼力は、技巧に偏ることなく、歌の本質を見抜く確かさで知られていました。

稲葉の短歌の特徴は、日常生活の中に潜む叙情を鋭い感性で捉え、現代的な言葉で表現する点にありました。伝統的な和歌の美意識を踏まえながらも、現代人の感覚に即した新鮮な表現を追求し続けました。

中部地方の短歌界において、稲葉は重要な役割を果たしました。「中部短歌」での活動を通じて、地域の短歌文化の発展に尽力し、多くの後進の育成にも力を注ぎました。その影響力は、単に地域にとどまらず、日本の短歌界全体に及びました。

晩年まで創作活動を続けた稲葉は、2016年に生涯を閉じました。その遺した作品群は、現代短歌の重要な到達点として高く評価されています。

稲葉京子 短歌

いとしめば人形作りが魂を入れざりし春のひなを買ひ来ぬ 『ガラスの檻』

昏れ残る障子明かりの花のいろ馬酔木のかたに春は来てゐし 『柊の門』

今朝散りし木犀の花を踏みてゆく十五センチの子の靴裏よ

生きかはり生きかはりても科ありや永遠に雉鳩の声にて鳴けり 『槐の傘』

白き萩散るなべに透きて遊べるは飯たべこぼすかの日の吾子か

玉虫の羽をもて厨子を貼りし者の不穏のこころひと日見えゐつ

わが青年よ若かりし日のわれもまた天道を焦げ落ちたる雲雀

小さなる秋かたつむりみづからを曳くごとくして路上をゆくも 『桜花の領』

1月の夕べの水に降りむとし水鳥は細き足を垂れたり  『しろがねの笙』

 

 

 

 

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