平井 弘 (ひらい ひろし)
1936年~ 岐阜県生まれ。歌人。
高校生のときに作歌を始める。1960年同人誌「斧」の創刊メンバーとなる。60年代の前衛短歌運動を牽引し、大胆に口語や話しことばを導入した作風。句またがりと句割れを多用し、独特のリズムを持つ。 「思想としての文体」とも評された。
平井 弘 歌集
1961年 第一歌集『顔をあげる』 不動工房
1976年 第二歌集『前線』 国文社
1979年 『平井弘歌集』 国文社
2006年 第三歌集『振りまはした花のやうに』 短歌研究文庫
2021年 第四歌集『遣らず』 短歌研究社
平井 弘 短歌
蟻を飼う少年の眼をいじわるく見ており彼も孤独の眼する 『顔をあげる』
いる筈のなきものたちを栗の木に呼びだして妹の意地っぱり
君を少し先にたたせて行く時のわれ山羊を追うような眼をして
草色の蚊をつぶしたるてのひらに顔埋めて君も透きゆくばかり
空に征きし兄たちの群わけり雲わけり葡萄のたね吐くむこう
例えば 羊のようかもしれぬ草の上に押さえてみれば君の力も
野に君を繋ぎておかむ鎖ゆえ指にじませてうまごやし編む
母に繋がる刻かと思うフルートを聴きわけるどの風の中にも
不揃いに時計が鳴れり村中のどこにもわれの姿は見えぬ
もう少しも匂わなくなりわれの夏の一部となりし蝉が掌にある
もう少しも酔わなくなりし眼の中を墜ちゆくとまだ兄の機影は
われの内部の妬心覗いてしまいたる蛇苺踏みても踏みても紅し
言わなくていいことなのに死者のまま死なせてあげていい筈なのに 『前線』
男の子なるやさしさは紛れなくかしてごらんぼくが殺してあげる
紙ひとえ思いひとえにゆきちがいたり矢車のめぐる からから
健康なままの死者らの性におい栗の花におうしたのあねたち
倒れ込んでくる者のため残しおく戸口 いつから閉ざして村は
なにか途方もなき欠落の移りゆく村のうえまたこころの真うえ
ふさわしくなき死者たちの死にかたにかかわりて雲村の上まで
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