大西民子(おおにしたみこ)

大西民子(おおにしたみこ) 本名は菅野民子

1924年(大正13年)5月8日 ~1994年(平成6年)1月5日

岩手県盛岡市生まれ。昭和期の歌人。

奈良女子高等師範学校を出て高校教師となる。文学の志し強く、夫と上京後は、埼玉で図書館に勤務、 木俣修に師事して作歌に励んだ。

第一歌集 『まぼろしの椅子』は夫との離婚をモチー フに知性と感性のせめぎ合う女の生き方を 示し、反響を呼んだ。

『不文の掟』『無数の耳』『花溢れゐき』『野分の章』『風水』『印度の果実』『風の曼陀羅』など

帰らざる幾月ドアの合鍵の一つを今も君は持ちゐるらむか『まぼろしの椅子』

声低く論語学而篇を読み始む苦しみの果ての安らひに似て

立ち直りゆきたし君の背離さへ一つのアンチテーゼとなして

ドラマの中の女ならば如何にか哭きたらむ灯を消してわれの眠らむとする

酔へば寂しがりやになる夫なりき偽名してかけ来し電話切れど危ふし

石臼のずれてかさなりゐし不安よみがへりつつ遠きふるさと 『無数の耳』

切り株につまづきたればくらがりに無数の耳のごとき木の葉ら

てのひらをくぼめて待てば青空の見えぬ傷より花こぼれ来る

バス降りし闇に思へば若者は蛇かたどれる指環してゐき

亡き父のマントの裾にかくまはれ歩みきいつの雪の夜ならむ

眠られぬ夜々に思へばみづからの羽根抜きて紡ぐよろこびも無し

花びらをたたむ如くにカナリヤのむくろを包む白きガーゼに

千に刻み水に放てる大根の向き向きに沈むさまの華やぐ  『雲の地図』

もし馬となりゐるならばたてがみを風になびけてく帰り

忘らるるより忘るるは易からむ白き孔雀のごとき雲湧く 『野分の章』

亡き人のたれとも知れず夢に来て菊人形のごとく立ちゐき 『風水』

くれがたに群れとぶ見ればグレナダへ僧になりにゆく鴉ならずや

『印度の果実』

撮影ichiro

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手に重き埴輪の馬の耳一つ片耳の馬はいづくにをらむ 『不文の掟』

まったきは一つとてなき阿羅漢のわらわらとちあがる夜無きや

あたためしミルクがあましいづくにか最後の朝餉む人もゐむ

『花溢れるき』

受付の錆びしペンもて旧姓に戻れるわが名書くほかはなき

どの山の地図ひらきても静脈の色つばらかに川流れたり

霊柩車を先立ててゆくバスのなか不意に時刻を問ひし人あり

思はざる会話聞こえて二人ともガダルカナルの生き残りとぞ 『風の曼陀羅』

はるばると送られて来て香に匂ふ越前岬の水仙の花

見しこともなきまさかりを知りてをり童話の挿絵に大きかりけり

迷ひつつ生きし荒れ野のいづこにも一縷の水はありし思ひす 『光たばねて』

 

赤紫の野花

撮影ichiro

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