【大伴旅人】『7選』─ 奈良時代を彩る歌人の生涯と時代背景

芍薬

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歌と政(まつりごと)に生きた大伴旅人の魅力を探る

大伴旅人の生涯と人柄のエピソード

大伴旅人(おおとものたびと、天智4年〈665〉~天平3年〈731〉)は、飛鳥時代から奈良時代を代表する公卿(高位官僚)であり、万葉集を中心に後世まで名を残す著名な歌人です。彼は名門大伴氏の一族に生まれ、特に父・大伴安麻呂も政界で重きをなしたことから、早くから宮廷での役割を担いました。

旅人の生涯は、時代の波乱とともにあります。様々な官職を歴任し、持統、文武、元明、元正、聖武各天皇に仕え、中央政界の要職に名を連ねました。720年には太宰帥として九州・大宰府へ赴任、多くの歌を残す一方で、遠地で家族や故郷を思う心を歌に込めることも少なくありませんでした。代表作である「梅花の宴」では、九州の地で貴族・知識人を集い、盛大な詩歌会を催したことが記録されています。その精神性や社交性は、旅人の人柄を物語っています。

彼の歌は、雄渾な中にも温かみがあり、特に死生観や人生の無常に対する深い洞察が見られることが特徴です。酒を愛し、享楽的ではあるものの、世の栄枯盛衰を詠じ、名利に淡泊であったとも伝わっています。中でも「酒を讃むる歌」群は、『万葉集』でも屈指の名歌として知られ、真に人間的な強さと哀しみを感じさせます。

また、旅人の家系は多くの優れた歌人を輩出しており、息子には「家持」がおり、後年の「万葉集」編纂にも深く関与しました。大伴旅人の歌風とその人柄は、家持のみならず、奈良時代の歌人たちに大きな影響を及ぼしつづけます。享年66歳、没後はその業績を称えられ、“歌聖”の一人として日本和歌史に名を刻みました。

時代背景と出来事の詳細

大伴旅人が生涯を生き抜いたのは、飛鳥から奈良時代への大転換期です。この時代は天皇家を中心に様々な権力闘争が繰り広げられ、藤原氏の台頭や律令制度の確立が政治の中枢テーマでした。人々は唐や朝鮮半島文化の流入によって新たな知見を得る一方、倭国・日本という国家自意識の芽生えの時代でもあります。
持統天皇や文武天皇の治世に朝廷は安定の兆しを見せますが、各地で反乱や災害が起こり、社会は決して穏やかではありませんでした。

このような中で、旅人は大伴氏という伝統ある氏族の長として、一族の繁栄と国家の安定に腐心しました。720年、太宰帥として太宰府赴任を命じられると、これは都からの一種の左遷とも評されていますが、彼は強い使命感でその地位を受け入れました。大宰府は当時、外交・軍事・文化の最前線であり、唐や新羅との関わりだけでなく、国内の人心掌握や政治抗争の渦中も避けられませんでした。

旅人の九州時代は、まさに歌と政が交錯した時代といえるでしょう。雅びな宴を催し文化を高めた一方、政争に翻弄され、都から遠ざけられる孤独や不安も歌に残しています。それでも彼は、自身の生き方と和歌の力を信じ、時代を超えた普遍的な価値を歌に託したのです。

奈良時代においては特に、貴族社会・律令国家の成熟とともに、“人間らしさ”や個の感情が和歌のなかでも強く意識されはじめました。旅人はまさにその先駆者として、後世の和歌・国文学の発展にも多大な貢献をもたらしました。

大伴旅人の発表した歌集(年代順)

  1. 『万葉集』
    (8世紀後半に成立)
    →旅人自身による歌集編纂はありませんが、『万葉集』には多数の旅人歌が収められています。
  2. 「梅花の宴」
    (天平2年[730] 太宰府)
    →30首の和歌と漢詩文序で構成。大宰府時代の最大の文学活動。
  3. 「酒を讃むる歌」
    (同時期)
    →酒の心地よさや人生の哀歓を率直に詠む歌群。

まとめ

大伴旅人は飛鳥から奈良時代にかけて、公卿として政界の渦を生き抜き、同時に万葉歌人として不朽の名を残しました。彼が生きた時代は、国家形成の黎明期であり、権力闘争や新たな文化のうねりのなか、強い使命感と遊び心をもって和歌を詠み続けました。特に大宰帥としての九州赴任時代には「梅花の宴」や「酒を讃むる歌」など、数多くの名歌を後世に残しました。その歌は人間愛、人生観、そして自然とともに生きる喜びと哀しみを謳い上げています。

旅人の生涯はまた、家系としても和歌の名門を築き、息子家持へと”歌の遺伝子”を伝えました。彼の人柄は、愚直なほど正直で、時に豪放、時に繊細――多面的な魅力を持つ人物でした。大伴旅人の和歌は、日本人の心の原風景を、今に伝えてくれています。

大伴旅人 和歌

あな醜賢みにくさかしらをすと酒飲まぬ人をよく見ば猿にかも似る 『万葉集』

沫雪あわゆきのほどろほどろに降り敷けば平城ならみやこし思ほゆるかも

いかにあらむ日の時にかもこゑ知らむ人の膝 の上我へわが枕かむ

さかしみと物言ふよりは酒飲みてひ泣きするし優りたるらし

昔見しきさの小川を今見ればいよよさやけくなりにけるかも

世の中はむなしきものと知る時しいよよますます悲しかりけり

わが園に梅の花散るひさかたのあめより雪の流れ来るかも

 

【参考文献】

  • 『万葉集』(岩波書店、日本古典文学全集)
  • 佐竹昭広ほか編『万葉集全注 巻四』(笠間書院)
  • 大和岩雄『大伴氏の研究』(吉川弘文館)
  • 『日本古典文学全集 万葉集』(小学館)

 

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