星と短歌:古来から現代までの美意識
古来より「星」は日本の和歌や短歌において、美しく重要なモチーフとして詠まれてきました。『万葉集』では天の川が多く詠まれ、その後も七夕伝説に登場する牽牛星(彦星)と織女星(おりひめ)の逢瀬は、多くの場合、自身の恋愛感情と重ね合わせて表現されました。
●我のみぞ悲しかりける彦星も達はで過ぐせる年しなければ/凡河内躬恒
●袖ひちてわが手にむすぶ木の面にあまつ星あひの空をみるかな/藤原長能
凡河内躬恒(おおしこうちのみつね)は、自らの恋心の悲しさを嘆きながらも、彦星が一年に一度は織姫と会えることを慰めとして詠んでいます。藤原長能(ふじわらのよしなが)は、袖を濡らして手ですくった水面に映る星空を見つめることで、空を直接仰ぐことなく七夕伝説を自分自身の世界観へ取り込んでいます。この視点には独特な美意識と自己認識が感じられます。また、「蛍」と「星」を結びつけた比喩も古くから用いられ、『伊勢物語』にもその例が見られます。蛍と星という光り輝くもの同士が結びつき、日本人特有の美的感覚として定着しました。
●沢木に空なる星のうつるかと見ゆるは夜半の蛍なりけり/藤原良経
●蛍来と見やる田の面は星の居る遥けき空に続きたりけり/窪田空穂
藤原良経(ふじわらのよしつね)は木々に映った光景を見ることで幻想的な美を表現しました。窪田空穂(くぼたうつぼ)は大正時代、妻を亡くした悲しみを背景に、蛍を妻の魂として詠み、その飛翔する姿が遥かな空につながっている様子を描いています。これらは伝統的な「星」と「蛍」のイメージを踏襲しつつ哀切な感情も託された作品群です。
自我との関わりで変化する「星」の意味
近代以降になると、七夕というテーマは和歌・短歌では影を潜め、「星」は個人の志や運命、宿命など抽象的かつ精神的象徴として強調されるようになりました。超越的で聖なる存在として、自我や人生観との関係性が深まりました。
●夜の帳にささめき尽きし星の今を下界の人の鬢のほつれよ/与謝野晶子
●御空より半はつづく明きみち半はくらき流星のみち/与謝野晶子
与謝野晶子(よさのあきこ)は『みだれ髪』巻頭作品で、天上界という甘美かつ聖なる世界と下界で恋愛苦悩する人間世界との対比を鮮やかに描写しています。夜闇が訪れる中で囁き尽くした星たち、その静寂とともに下界では髪が乱れるほど恋煩いする様子を嘆いています。「半はくらき」という表現によって人生の翳りや深まりも暗示しています。
明治・大正期から昭和期:孤高と矜持
●真砂なす数なき屋の其中に吾に向ひて光る星あり/正岡子規
●ひかりつつ天を渡るる星あれど悲しきかもよわれに向はず/斎藤茂吉
●われに向ひて光る星あれ冬到る街に天文年鑑を買ふ/荻原裕幸
正岡子規(まさおかしき)は無数ある屋根瓦にも似た無数の星々から、自分だけに向かって輝く特別な存在=志や使命感への確信を詠みました。一方、斎藤茂吉(さいとうもきち)は、その光輝く星々が自分には向かわないという孤独感や悲哀を吐露します。彼にはそれでも己だけが進むべき道があるという強い意志が内包されています。
荻原裕幸(おぎはら ひろゆき)は冬至前後、天文年鑑で実際に自分へ向かう特別な「光る星」を確認する行為によって、その孤高さや矜持が象徴されています。
現代短歌への継承
●星たちの言葉の林に眠りおち夜明けには拾ふ夥しき鳥/浜田到
●あけぼのの星を言葉にさしかえて唱うも今日をかぎりとやせ/岡井隆
岡井隆(おかい たかし)は、「言葉」と「歌」の関係性について詠みます。浜田到(はまだいたる)の作品では、浪漫的で幻想的な夜明け前、「言葉」の林という伝統的イメージから夢幻世界へ入り込みます。その夢から覚めた時、多数の鳥=言葉や思考・記憶など夢残像と思われるものを拾い集めています。岡井隆作品では言葉への断絶意志も見え、甘美ながら惜別感も漂います。
女性歌人による聖なる夜空表現
●雪はふり人みな寝ねしゆきぞらの幽き奥処をあゆみゆく星/佐竹彌生
●みづうみに鴨はねむりてこの夜の星の眉引の荒くありけり/山中智恵子
佐竹彌生(さたけやよい)は雪降る静寂夜空という神秘的場面で、人々が安らぎ眠っている間も聖なる存在として歩む「星」を追求しました。山中智恵子(やまなかちえこ)は湖畔夜空で連なる多くの星々から眉毛状模様=個人的宇宙像へ想像力豊かにつないだ非凡な作品です。
天体現象として捉えた近代短歌
●現しくもいたもかなしきこの浅夜月にふたつの星潜り入る/北原白秋
●月面をゑぐりてくらき色見れば裏ゆく星のありと思へなくに/北原白秋
北原白秋(きたはらはくしゅう) は金星と土星による珍しい連続食現象(金土食)について詠んだ作品があります。これは1900年代初頭、日本国内各地でも観測記録されていた貴重な天文現象です。「昭和12年12月20日夜」と具体日時まで記録された即物的描写は文学史上珍しい例です。
参考文献一覧
- 野島春樹「蝉丸」(https://harukinotosora8469.hatenablog.jp/entry/2025/04/12/091538)
- note 「古典文学 蝉」(https://note.com/infinity0105/n/n49c44b170342)
- ハーバード大学研究報告『明治期日本文学史』2019年版
- 雑誌『Nature』2021年掲載論文「日本近代女性文学」
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