【森岡 貞香】『25選』 知っておきたい古典~現代短歌!

薔薇

薔薇

森岡 貞香 (もりおか さだか)

 1916年~2009年 島根県松江市生まれ。昭和~平成時代の歌人。

1946年 (昭3)前年に復員した夫の急死。幼い息子を抱えての生活苦、自らの病という境遇に生死の感覚と心理を独自な言語空間で突きつめた作品を発表していく。

1934年(昭9)「ポトナム」に入る。1949年(昭24)、「女人短歌」創刊に参加。 葛原妙子と親交。1953年(昭8)、第一歌集『白城』を出版。歌集に「白蛾」「珊瑚数珠」「夏至」など。

森岡 貞香 歌集

1953年 歌集『白蛾』  第二書房 (女人短歌叢書)

1956年 歌集『未知』  ユリイカ

1964年 歌集『甃』 新星書房

1977年 歌集『珊瑚数珠』 石畳の会

1987年 歌集『黛樹』  短歌新聞社(現代短歌全集)

1991年 歌集『百乳文』  砂子屋書房

2000年 歌集『夏至』  砂子屋書房

2000年 『定本森岡貞香歌集』 砂子屋書房

2001年 歌集『敷妙』  短歌研究社

2010年 歌集『九夜八日ここのよやうか』 砂子屋書房

2010年 歌集『少時しまし』 砂子屋書房

2011年 歌集『帯紅』(くれなゐ帯びたり)  砂子屋書房

2016年 『森岡貞香歌集』 現代歌人文庫  砂子屋書房

2021年 『森岡貞香全歌集』 砂子屋書房

森岡 貞香 短歌

生ける蛾をこめて捨てたる紙つぶて花の形に朝ひらきをり 『白城』 

うしろより母を緊めつつあまゆる汝は執拗にしてわが髪乱るる  

拒みがたきわが少年の愛のしぐさ頣に手触り来その父のごと  

夫に死なれかつがつ生きゆくわれと子をあてはづれしごとく人等よろこばぬ  

つまらない世の中だなどと妹は泣きまねしてをりスカートをかぶりて  

庭なかの白き小花ら羽虫と似て眼にまつはり来憩ひがたけれ  

熱たかくあぎとふままに恋ふるうみ山ふかく水は冷えてをるべし  

一群の海藻は黒くただよひてわがこころにものりあげて来る  

灯を消してひと夜のねむりに入らむとき愛されしわれ亡夫つまの辺にあり  

未亡人といへば妻子のある男がにごりしまなこひらきたらずや  

薔薇

薔薇

近づけば電柱にのび上る身の影は音をよびさますごとくうごきし 『未知』

二十余年の歳月すぎしといふことかけふ悲しみの長つづきせぬ 『珊瑚数珠』

みちのくに雲るひと夜を泊りしわれ口中に鯉のにほひす  

ゆふまぐれ二階へ上る文色あいろなきところを若しかしてかりがねわたる  

朝光のひとすぢ来たり蟬殻は眼のごとき光溜めにき 『黛樹』

椅子に居てまどろめるまを何も見ず覚めてののちに厨に出でぬ  

この沼を出でゆきしものの何気なき跡をし見め眼つよめて  

大鉢を引き摺りにつつ薔薇の繁りを連れて敷き瓦のところに来たり 『百乳文』

けれども、と言ひさしてわがいくばくか空間のごときを得たりき  

十三夜の月さし入りて椎の実のころがる空池のなかのあかるし  

雀ごの急に見せたる愕きはさ枝に震ひの跡ありありし  

戦争にいのち消えたることわりに戦後の貌のなきそのいちにん  

何がなし空を見てをりふるき姿勢は戦後も過ぎてさらにふるめく  

母とゐて椀の蓋取りしやう霧の湧きたりここの山家に  

人の顔に羽ひろげつつ来し蛾にて殺ししのちにちひさかりけり

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