【塚本邦雄】『130選』知っておきたい古典~現代短歌!

コムラサキ

コムラサキ

塚本 邦雄 (つかもとくにお)

1920年~2005年 滋賀県生まれ。歌人、詩人、評論家、小説家。

1947年、前川佐美雄さみおに師事。「日本歌人」に入会。1949年、杉原一司かずし同人誌「メトード」創刊。1951年第一歌集『水葬物語』を刊行。短歌結社に所属せず、反写実的で斬新な作品は歌壇からは黙殺されたが、三島由紀夫らに注目され、 しだいに支持を集める。1959年、第三歌集「日本人霊歌』で現代歌人協会賞受賞。1960年、寺山修司らと同人誌「極」創刊。1963年頃から 多方面な活動を始める。1987年『茂吉秀歌』出版。その他歌集に『装飾楽句』『感幻楽』などがある。

戦前の斎藤茂吉に比肩しうる巨星。前衛短歌の支柱的存在であり、戦後最大の歌人とも言われる。

 

塚本邦雄 短歌

海底に夜ごとしづかに溶けゐつつあらむ。航空母艦も火夫も『水葬物語』

楽人を逐つた市長がつぎの夏、蛇つれてかへる―市民のために

革命歌作詞家に凭りかかられてすこしづつ 液化してゆくピアノ

ギニョールの一座の花と墓守のあひびきの夜を乾ける森よ

くりかへし翔べぬ天使に読みきかすー白葡萄醋酸製法秘伝

受胎せむ希ひとおそれ、新緑の夜夜妻のに針のひかりを

聖母像ばかりならべてある美術館の出口につづく火薬庫

戦争のたびに砂鉄をしたたらす暗き乳房のために祈るも

ダマスクス生れの火夫がひと夜ねてかへる港の百合科植物

黴雨空つゆぞらがずりおちてくる マリアらの真紅にひらく十指の上に

はれやかに喪服のえりをたてて棲む夫人の ヴィラの喇叭水仙

砲煙のなはたちこむる森・森にすみれをさ がす父の墓碑への

湖の夜明け、ピアノに水死者のゆびほぐれおちならすレクイエム

喪の花のやうに運河を過ぎゆきし流氷はあかきはるの港に

明日のため睡るものらに向日葵の種子こまやかに露をふふめり『装飾楽カデンツア

暗渠の渦に花揉まれをり識らざればつねに冷えびえとあたらしモスクワ

飼猫をユダと名づけてそのくらき平和のさがをすこし愛すも

原爆忌昏れて空地に干されるし洋傘が風にころがりまはる

五月祭の汗の青年 病むわれは火のごとき孤独もちてへだたる

青年の群れに少女らまじりゆき烈風のなかの撓める硝子

喇叭水仙 ラッパスイセン

喇叭水仙 ラッパスイセン

頭髪につめたき油そそぎ出づ恋あふれたる薄暑の巷

生牡蠣なまがきの舌につめたき春の夜と埃及エジプトの絵の奴隷を愛す

水に卵うむ蜉蝣かげろふよわれにまだ悪なさむため の半生がある。

われの戦後の伴侶の一つ陰険に内部にしづくする洋傘かうもり

頭巨ぎ父が眠りてわがうちに丁丁と豆の木を伐るジャック『日本人霊歌』

熱き湯にちておもヘばランボーの死のきはに断ち切られたる脚

口ゆがむまでにがき愛みごもりしモナ・リ ザ、やすのごとき手組める

月光の市電軋みて吊革に両掌かれしわれの磔刑はりつけ

春夜、電車のまぶたおもたきわれにむけ青年のスケート靴の蒼き刃

ずぶ濡れのラガー奔るを見おろせり未来にむけるものみな走る

石鹸積みて香る馬車馬坂のぼりゆけり ふとなみだぐまし日本

戦死者ばかり革命の死者一人も無し 七 月、艾色もぐさいろの墓群

祖国その惨澹として輝けることば、熱湯にしづむわがシャツ

皮膚藍色チアノーゼいろの菖蒲を剪りてわが誕生日なりるるは易し

天使キャラメル広告塔に昼死せる天使がむらさきのうす笑ひ

日本脱出したし 皇帝ペンギンも皇帝ペン ギン飼育係りも

はつなつのゆふべひたひを光らせて保険屋が遠き死を売りにくる

久しき危機まひるめし屋に人充ちて視入る墓石のごときテレヴィに

復活祭雨衣ういの少女の背に垂れて施物ほどこしを待つごとき頭巾フード

平和祭 去年こぞもこの刻牛乳の腐敗舌もてたしかめしこと

紫陽花

紫陽花

未知は救ひ夏ふかくなり水槽に豆腐傷つきあひつつ沈む

ゆでたまご売りの老婆が公園へ走る 安息日に栄光はえあらむ

夜の紫陽花黒くしたたり孤独なる二人むすばれて二人の孤独

ロミオ洋品店春服の青年像下半身なし***さらば青春

われの危機、日本の危機とくひちがへども甘し内耳ないじのごとき貝肉

愛人の愛遅遅として群青の沓下をその底より編めり 『水銀伝説』

鮎の口焼けのこりつつ金網が赤し休暇は死ののちにこそ

海胆うにすすりつつ暁を漁夫歩みわれは覚むいま下半身より

輝くランボーきたり、はじめて晩餐の若鶏のみだりがはしき肋骨あばら

記憶の中の死者、生者より冱えざえと笑ふはらわたのごときマカロニ

金木犀 母こそとはの娼婦なるその脚まひるたらひに浸し

燻製卵はるけき火事の香にみちて母がわれ生みたることゆる

こよひ巴里に蒼き霜ふり睡らざる悪童ラン ボーの悪の眼澄めり

父とわれ稀になごみてわかち読む新聞のすみの海底地震

父はむかしたれの少年、浴室に伏して海驢のごと耳洗ふ

肉屋はさくら色の肉吊りヴェルレーヌ蹴て愛したる夏もまぼろし

娶らざりしイエスを切によみしつつかなた葎のわかき蝮ら

冷蔵庫内に霜ふり錐形すいけいの死の睡りもて熟るる苔桃

われの輝くいづこを狙ひ荒淫の彼の手のわななける拳銃

揚雲雀そのかみ支那に耳斬りの刑ありてこの群青のひる 『緑色研究』

曼珠沙華 彼岸花

曼珠沙華 彼岸花

医師は安楽死を語れども逆光の自転車屋の宙吊りの自転車

馬轢死して一塊のうらわかき子宮に夏のひかりはそそぐ

鵞鳥卵つめたしガルガンチュアの母生みパルパイョ国の五月雨

カフカ忌の無人郵便局灼けて頼信紙のうすみどりの格子

雉食へばましてしのばゆた娶りあかあかと冬も半裸のピカソ

五月来る硝子のかなた森閑と嬰児みなころされたるみどり

婚姻のいま世界には数知れぬ魔のゆふぐれを葱刈る農夫

祝婚のここより見えて隧道トンネルに入る貨車つひのすみかのひかり

出埃及記とや 群青の海さして乳母車うしろむきに走る

生誕より死へ 新緑の傾斜字体イタリック一樹濡れ立つ樅のわかもの

体育館まひる吊輪の二つの眼ひて絢爛たる不在あり

蓬野に母ひざまづきにくしみの充電のごとながし授乳は

緑蔭を穿ちて植ゑし新緑の杉 愛しすぎて友を失ふ

檸檬風呂れもんぶろに泛かべる母よ夢に子を刺し殺し乳あまれる母よ

いたみもて世界の外につわれと紅き逆睫毛さかまつげの曼珠沙華 『感幻楽』

馬を洗はば馬のたましひ冱ゆるまで人恋はば人あやむるこころ

おおはるかなる沖には雪のふるものを胡椒こぼれしあかときの皿

固きカラーに擦れし咽喉輪のくれなゐのさらばとは永久とはに男のことば

雁かへる検眼表にかたかなの呪文かすめりケシチリハツレ

錐・蠍・旱・雁・摘摸・檻・囮・森・橇・ 二人・鎖・百合・塵

椿

椿

恋に死すてふ とほき檜のはつ霜にわれらがくちびるの火ぞ冷ゆる

はたちこころざしくづれて廿歳はたち雪の上を群青の風過ぎし痕あり

壮年のなみだはみだりがはしきを酢の壜の縦ひとすぢのきず

ほほゑみに肖てはるかなれ霜月の火事のなかなるピアノ一台

雪はまひるの眉かざらむにひとが傘さすならわれも傘をささうよ

茱萸ぐみに月光 漁夫牧夫ほか十二人耶蘇イエスを愛す完膚なきまで 『星餐図』

自転車になびく長髪熾天使してんしらここ過ぎて煉獄の秋を指す

掌ににじむ二月の椿 ためらはず告げむ他者の死こそわれの楯

ひだり手にわかものの肩 ずぶ濡れの傘もつ右手きょのごときかな

蓮田に雨 明日わが心うらぎらむ言葉たまゆら花の間につ 『蒼鬱境』

すでにして詩歌黄昏くわうこんくれなゐのかりがねぞわがこころをわたる 『青き菊の主題』

何に殉ぜむジュネ、ネロ、ロルカ、カリギュラと秋風潜る耳より鼻へ

夜の曇天絹張るごとし恋を得てちかづけばいまおぼろなる父

うす暗くして眩しけれ父と腕触る満開の蝙蝠傘かうもりの中

飲食おんじきの思ひはかなき青麦の穂は花店に束ねられたり

秋つばめ紺にうるみてわが歌の数千すせん来し方ゆくへを知らず 『されど遊星』

あはれ知命の命知らざれば束の間の秋銀箔のごとく満ちたり

キリストとイエスのはざま厳しきにあやまちてたそがれのひるがほ

黒人の蒼きししむら撓ひつつ氷はこべり ここ過ぎて黄泉よみ

山水図さんすいの空に微熱の月うるむあるはあやまてりしわが詩歌

昼顔

昼顔

散文の文字や目にる黒霞いつの日雨の近江に果てむ

玄鳥つばくらの空截るひかり五月さつきまた未知を恩寵としてあり経む

かなしみのすゑに澄みゆくいのちぞと霧冷ゆる夜夜の菊にむかへり 『透明文法』

藍青らんじゃうの海近き街とすがしめど水汲めば水の鹹く濁りつ

燕麦からすむぎかわける束をかきいだき歩め藍青らんじゃう濃き死のかたへ 『睡唱群島』

壮年の今ははるけく詩歌てふ白妙の牡丹咲きかたぶけり 『閑雅空間』

初蝶はるる一瞬とはざかる言葉超ゆべきこころあらねど

夢の沖に鶴立ちまよふ ことばとはいのちを思ひ出づるよすが

さなきだにかをるゆふべのたちばなよ倭漢朗詠集夏開く 『黒曜帖』

秋風の曾曾木そそぎの海に背を向けてわれは青天よりの落武者 『天変の書』

秋風しうふうに思ひ屈することあれどあまなるや若き麒麟のつら

六月の蒼き雁来紅かまつか十四本歌はむにはや歌ぞ亡びし

杉の梢星を放てり人にあるわれやこの世に何を放たむ 『歌人』

晩餐のここより見ゆる落雷樹らくらいじゅけぶるそのしろたへの裂創

青酸漿あをほほづきまばらなれども直江津に一夏いちげすぐさむ父にて候 『豹変』

歌のほかの何を遂げたる くまでは一塊のかなしみの石榴ざくろ

みじかき夏そのみじか夜のあかつきにくることひとつ

未来と言へどただ老ゆるのみ十月の水に鉄片のごとき蝶

いほどもなき夕映にあしひきの山川呉服 店かがやきつ 『詩歌変』

春疾風はるはやて高速道路入口の門番にうつくしき娘あれ

柘榴

柘榴

殺したいほど羞づかしききさらぎの駅頭の処女をとめらの万歳

崩御ほうぎょとはかぎらざれども鮮紅の夕映ののちに何かがおこる

天にたまはる二物の一つ風の日は風のにほひにくわうたるこころ 『黄金律』

黒葡萄しづくやみたり敗戦のかの日より幾億のしらつゆ 『魔王』

原爆忌忘るればこそ秋茄子の鴫焼のまだなまの部分

たまきはる命をしめ空征かば星なすかばねなどと言ふなゆめ

冬のダリアの吐血の真紅 おほきみのにこそ死なざらめ死なざらめ

若葉の帚草ははきぐさ一束は森林太郎への供華くげ 匿名の少女らが 『献身』

 原子炉大内山に建設廃案となりにけりすめらみこと万歳? 『風雅黙示録』

貴船明神男の声に告げたまふ「そらみつやまときのふほろびき」 『泪羅変』

 

ダリア 紅

ダリア 紅

 

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