山崎 方代 (やまざき ほうだい)
1914年~1985年 山梨県生まれ。 歌人。
15歳ごろから作歌を始める。山崎一輪の名で新聞や短歌雑誌「水甕」などに投稿。 第二次世界大戦時ティモール島で銃弾を浴び右眼失明。生涯独身で、定職に就くこともなく、無頼で自由な体から放浪の歌人と呼ばれた。方代の歌は精神の放浪性、望郷と戦争に対する呪いが主である。表現の特徴は平仮名を多く使い、口語を大胆に取り入れた。
山崎 方代 歌集
1955年 第一歌集『方代』 山上社
1965年 合同歌集『現代』 短歌新聞社
1974年 第二歌集『右左口』 短歌新聞社
1980年 第三歌集『こおろぎ』 短歌新聞社
1985年 第四歌集『迦葉』 不識書院
山崎 方代 短歌
皿の上にトマトが三つ盛られおるその前におれがいる驚きよ 『方代』
春を惜しむこの国の人幾重にも幾重にも上野の山とりまけり
ポケットの底のボタンを握りおることすら右手はすこしも知らず
ほしいままに地上に充ちているものもすでにおかされていると思う
宿無しの吾の眼玉に落ちて来てどきりと赤い一ひらの落葉
汚れたるヴィヨンの詩集をふところに夜の浮浪の群に入りゆく
くらがりの電柱にビラを貼りて去るこの青年につつがあらすな 『右左口』
こんなところに釘が一本打たれいていじれ ばほとりと落ちてしもうた
こんなにも湯呑茶碗はあたたかくしどろもどろに吾はおるなり
つばくろが又帰りきて明けきらぬ土間しろじろと糞ふりこぼす
ふし穴の穴の奥より洩れている灯のごとく今宵あるなり
砲弾の破片のうずくこめかみに土瓶の尻をのせて冷せり
鬼のようにしゃがんでいるとまた一つ銀杏の実が土を鳴らせり 『こおろぎ』
くろがねの錆びたる舌が垂れている鬼はいつでも一人である
寂しくてひとり笑えば卓袱台の上の茶碗が笑い出したり
住みついて鳴いてくれたるこおろぎも唄を忘れてしまったようだ
太陽はあかりをつけて擂鉢の底の方よりあがって来る
ふるさとの右左口郷は骨壺の底にゆられてわがかえる村
鎌倉の裏山づたいをてくてくと仕事のように歩きおりたり 『迦葉』
こんな夜にかぎって雨が降り出でて空の徳利を又ふってみる
薤は箸に挟んでギシギシと暑さわすれに食うべかりけり
はげ落ちしうるしのおゆびが海よりも遠いかなたをしめしていたり
『山崎方代全歌集』
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