【佐藤 佐太郎】(さとう さたろう) 古典~現代短歌!

赤菊

赤菊

佐藤 佐太郎(さとう さたろう)

1909年(明治42年)~ 1987年(昭和62年)宮城県生まれ。歌人。日本芸術院会員。妻、佐藤志満(歌人)

 

1926年(昭和元年)斎藤茂吉に師事し、「アララギ」入会によって作歌活動を開始。1940年(昭和5年)『新風十人』に参加、同年歌集 『歩道』刊行。アララギ派の写実主義を受け継ぎながらも、対象を見つめて冷静に精神の世界へと沈めながら、同時に青年期の情緒で包む、純粋な作風を示した。歌人としての活動に加え、斎藤茂吉研究、長塚節研究、歌論書、短歌入門書、随筆、書画集など多くの著書を残す。

戦後、1947年(昭和22年)の第4歌集『立房』に続いて、1952年(昭和27年)に第5歌集『帰潮』を刊行。終戦後の貧しい中での感情生活を鋭い洞察力をもって浮かび上がらせた。

佐藤佐太郎は日常生活を一個人の詩的認識の力をもって、作歌の原動力とする歌人である。革命的な手法や主題の拡大ではなく、近代アララギの方法を深く掘り下げることによって、短歌を現代の文芸たらしめようとしている。

 

佐藤佐太郎 短歌

雨やみて夕ぐるるとき塀のうちに青くしづまりし庭の土みゆ 『歩道』

尾瀬をぜはらに吾は来しかば萱草くわんざうの断続が見えわたりけり

をりをりの吾がさいはひよかなしみをともに交へて来りけらずや

街路樹と坂終りゐる彼方にて電車が走るときのとよもし

壁塗かべぬりに用ゐるらしき泥土どろつちを鋪道のうへに置きて人ゐず

かりそめの事なりしかど眠りたるをみなに照りし月おもひ出づ

たけたかく紫苑しをんの花のさける見て日の余光ある坂くだりゆく

電車にて酒店加六しゆてんかろくに行きしかどそれより後は泥のごとしも

薄明はくめいのわが意識にてきこえくる青杉を焚く音とおもひき

ひとときの心虚しくわが窓は酸漿色ほほづきいろに日暮れかかりぬ

鋪道には何も通らぬひとときが折々ありぬ硝子戸のそと

濠水ほりみづのくれかかりたる遠くにてまりはずむごとく海鳥とびぬ

まぢかくに寒々としてとどろけば浅山のまに潮の霧とぶ

海風を吹き上ぐる浜の枯山に残る秋茱萸あきぐみをわれ食みにけり 『軽風』

日ざかりの街に出づれば太陽は避雷針の上にいたく小さし

いはれなく心つつまし路地ろぢくれば石炭のけむり壁よりいでて 『しろたへ』

 

佐藤佐太郎 短歌 【戦後】

かへり来て水をのみゐし幼子は風ふく外にまた出で行けり

木々の葉の落ちつくしたる山庭に苔につづきて池は明るし

銀杏の実しきりに屋根におつる音きくべくなりて寒し夜ごろは 『立房』

しづかなる若葉のひまに立房たちぶさとちの花さきて心つつまし

戦は過ぎけるかなと蓖麻ひまの花のこまかき紅も心にぞしむ

あけがたの風とおもひて聞きゐたりきこゆる風は音永からず 『帰潮』

よもすがら庭ねむらずにゐるのかと思ふ胡蝶花しやがの花おぼろに見えて

朝々の霜をかうむりて赤菊あかぎくの花咲きながら冬至とうじ過ぎたり

秋彼岸すぎて今日ふるさむき雨すぐなる雨は芝生に沈む 『地表』

雨季ゆゑに濃く太き雨そそぐときうつしみ吾の憂ひは消えよ 『群丘』 

ヴェネチアのゆふかたまけて寒き水黒革の坐席ある舟に乗る  『冬木』

夏至すぎの日のくれがたき夕浜にもみあふ白き波を目守まもりつ 『形影』

あたらしき今日の光をさきだてて長短のなき一年はあり 『開冬』

繁殖期過ぎし孔雀らの棲む檻は砂のにほひの暑くなりたり

冬の日の眼に満つる海あるときは一つの波に海はかくるる

わがれしところかなしく昼の田の蛙の声をききつつあゆむ

いくばくか夜の明けおそくなるころの善悪もなきせいの寂しさ 『天眼』

祈るごとあしたとこにさめゐたりわが畏るるは神のみならず 『星宿』

珈琲を活力としてのむときに寂しく匙の鳴る音を聞く

節分に立春つづく二三日病みてつぶさに朝を迎ふる

杖ひきて日々遊歩道ゆきし人このごろ見ずと何時人は言ふ

ひとときに咲く白き梅玄関をいでて声なき花に驚く

朝さめてこの世に老いし人ひとりにれ嚙むごとく夢をはかなむ 『黄月』

雀らのためにゑまく人すぎてひととき道に雀むれをり

突然に大き飛行船あらはれて音なくうつる蛇崩の空

 

梅の花

梅の花

佐藤佐太郎 歌集

  • 第1歌集「歩道」 昭和15年(1940年)八雲書林
  • 第2歌集「軽風」 昭和17年(1942年)八雲書林
  • 第3歌集「しろたへ」昭和19年(1944年)青磁社
  • 第4歌集「立房」 昭和22年(1947年)永言社
  • 第5歌集「帰潮」 昭和27年(1952年)第二書房
  • 第6歌集「地表」 昭和31年(1956年)白玉書房
  • 第7歌集「群丘」 昭和37年(1962年)短歌研究社
  • 第8歌集「冬木」 昭和41年(1966年)短歌研究社
  • 第9歌集「形影」 昭和45年(1970年)短歌研究社
  • 第10歌集「開冬」 昭和50年(1975年)弥生書房
  • 第11歌集「天眼」 昭和54年(1979年)講談社
  • 第12歌集「星宿」 昭和58年(1983年)岩波書店
  • 第13歌集「黄月」 昭和63年(1988年)短歌新聞

 

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