与謝野 晶子(よさの あきこ)
1878年、大阪府堺市生まれ。本名は晶。
堺女学校卒業後、補習科に進む。家業を手伝うかたわら、独学で古典を勉強。1900年、『明星』に短歌を発表。来阪した与謝野鉄幹に会い、恋に落ちる。翌1901年6月、家出して上京し、鉄幹と暮らす。「明星」誌上に毎月数十首発表し続け、1901年8月「みだれ髪』として刊行。同年秋、鉄幹と正式に結婚。
大正期に入り、婦人問題についての評論活動、 女性解放、母性保護などを主張するようになる。1921年、自由主義的芸術教育をめざして文化学院を創設。
少女時代から親しんでき古典の現代語訳にも力を注ぐ。『新訳源氏物語』『新訳紫式部 日記・新訳和泉式部日記』 『新訳徒然草』『源氏物語』の新々訳など。
1942年、63歳で死去。
与謝野 晶子 歌集
1901年 歌集『みだれ髪』
1904年 歌集『小扇』
1905年 合同詩歌『恋衣』
1906年 歌集『舞姫』
1906年 歌集『夢之華』
1907年 歌集『常夏』
1909年 歌集『佐保姫』
1911年 歌集『春泥集』
1912年 歌集『青海波』
1914年 歌集『夏より秋へ』
1915年 歌集『さくら草』
1916年 歌集『朱葉集』
1916年 歌集『舞ごろも』
1917年 歌集『昌子新集』
1919年 歌集『火の鳥』
1921年 歌集『太陽と薔薇』
1922年 歌集『草と夢』
1924年 歌集『流星の道』
1925年 歌集『瑠璃光』
1928年 歌集『心の遠景』
与謝野 晶子 短歌
あるときはねたしと見たる友の髪に香の煙のはひかかるかな 『みだれ髪』
うしや我れさむるさだめの夢を永久にさめなと祈る人の子におちぬ
臙脂色は誰にかたらむ血のゆらぎ春のおもひのちひのさかりの命
髪五尺ときなば水にやはらかき少女ごころは秘めて放たじ
神よとはにわかきまどひのあやまちとこの子の悔ゆる歌ききますな
消えむものか歌よむ人の夢とそはそは夢ならむさて消えむものか
きけな神恋はすみれの紫にゆふべの春の讃嘆のこゑ
京はもののつらきところと書きさして見おろしませる加茂の河しろき
清水へ祇園をよぎる桜月夜こよひ逢ふ人みなうつくしき
恋の神にむくいまつりし今日の歌ゑにしの神はいつ受けまさむ
さそひ入れてさらばと我手はらひます御衣のにほひ闇やはらかき
さびしさに百二十里をそぞろ来ぬと云ふ人あらばあらば如何ならむ
しろ百合はそれその人の高きおもひおもわは艶ふ紅芙蓉とこそ
その子二十櫛にながるる黒髪のおごりの春のうつくしきかな
乳ぶさおさへ神秘のとばりそとけりぬここなる花の紅ぞ濃き
とき髪に室むつまじの百合のかをり消えをあやぶむ夜の淡紅色よ
夏花に多くの恋をゆるせしを神悔い泣くか枯野ふく風
何となきただ一ひらの雲に見ぬみちびきさせとし聖歌のにほひ
なにとなく君に待たるるここちして出でし花野の夕月夜かな
春の小川うれしの夢に人遠き朝を絵の具の紅き流さむ
春みじかし何に不滅の命ぞとちからある乳を手にさぐらせぬ
白檀のけむりこなたへ絶えずあふるにくき扇をうばひぬるかな
淵の水になげし聖書を又もひろひ空仰ぎ泣くわれまどひの子
星の子のあまりによわし袂あげて魔にも鬼にも勝たむと云へな
ほととぎす嵯峨へは一里京へ三里水の清滝夜の明けやすき
牧場いでて南にはしる水ながしさても緑の野にふさふ君
道を云はず後を思はず名を問はずここに恋ひ恋ふ君と我と見る
むねの清水あふれてつひに濁りけり君も罪の子我も罪の子
紫のわが世の恋のあさぼらけ諸手のかをり追風ながき
病みませるうなじに繊きかひな捲きて熱にかわける御口を吸はむ
やは肌のあつき血汐にふれも見でさびしからずや道を説く君
ゆるされし朝よそほひのしばらくを君に歌へな山の鶯
夜の帳にささめき尽きし星の今を下界の人の鬢のほつれよ
海恋し潮の遠鳴りかぞへては少女となりし父母の家 『恋衣』
鎌倉や御仏なれど釈迦牟尼は美男におはす夏木立かな
ここすぎて夕立はしる川むかひ柳千株に夏の雲のぼる
金色のちひさき鳥のかたちして銀杏ちるなり夕日の岡に
春曙抄に伊勢をかさねてかさ足らぬ枕はやがてくづれけるかな
蓮を祈り菱の実とりし盥舟その水いかに秋の長雨
ほととぎす治承寿永のおん国母三十にして経よます寺
かざしたる牡丹火となり海燃えぬ思ひみだるる人の子の夢 『舞姫』
きぬぎぬや春の村びとまださめぬ水をわたりし河下の橋
高き家に君とのぼれば春の国河遠白し朝の鐘なる
遠つあふみ大河ながるる国なかば菜の花さきぬ富士をあなたに
ふるさとの潮の遠音のわが胸にひびくをおぼゆ初夏の雲
頬に寒き涙つたふに言葉のみ華やぐ人を忘れたまふな
ゆるしたまへ二人を恋ふと君泣くや聖母にあらぬおのれの前に
地はひとつ大白蓮の花と見ぬ雪の中より日ののぼる時 『夢之華』
冷えし恋かたみに知らずなほ行かば死ぬべかりけり氷の中に
いづくにか酸き酒もとめくらへるにあらずや怪しきわが心ども 『常夏』
ふるさとを恋ふるそれよりややあつき涙ながれきその初めの日
秋立つや鶏頭の花二三本まじる草生に蛇うつ翁 『佐保姫』
一人はなほよしものを思へるが二人あるよりかな悲しきはなし『春泥集』
悪竜となりて苦み猪となりて啼かずば人の生み難きかな 『青海波』
美しく黄金を塗れる塔に居て十とせさめざる夢の人われ
男をば罵る彼等子を生まず命を賭けず暇あるかな
ああ皐月仏蘭西の野は火の色す君も雛罌粟われも雛罌粟『夏より秋へ』
今さらに我れくやしくも七人の子の母として品のさだまる
黒毛帽金糸の紐に頤くくるわかき近衛に物言ひてまし
巴里なるオペラの前の大海にわれもただよふ夏の夕ぐれ
船待の木の腰かけに鳥の毛の帽子がものをおもふ朝かな
星あまた旅の女をとりかこみ寒き息しぬ船を下れば
いと辛き心うれしき志おほく変らず今日にいたれば 『さくら草』
秋と云ふ生ものの牙夕風の中より見えて淋しかりけり 『朱葉集』
くだものの皮のやうにも冷たかり今年の夏の藍のかたびら 『火の鳥』
何ものも奪はんとする勢ある大やんまこそ涼しきは無し
雑草の二人静は悲しけれ一つ咲くより花咲かぬより 『太陽と薔薇』
目の前に淡雪ちりぬ何ごとも云はで死ぬると云ふ形して
紫陽花も花櫛したる頭をばうち傾けてなげく夕ぐれ 『草の夢』
刧初より作りいとなむ殿堂にわれも黄金の釘一つ打つ
しみじみと泣けば世界のかぐはしくなりぬこれより超えずわが罰
太陽が金色の髪垂したる下に浮べり伊豆の初島
白藤はまばらなるこそ嬉しけれ星座を近く見るここちして 『流星の道』
御空より半はつづく明きみち半はくらき流星のみち
君亡くて悲しと云ふを少し越え苦しと云はば人怪しまん 『瑠璃光』
鈴虫がいつこほろぎに変りけん少しものなどわれ思ひけん
ほととぎすあざみの草の葉の形する歌声と思ひけるかな 『心の遠景』
山はやく月を隠せば大空へ光りを放つ琵琶のみづみ
梟よ尾花の谷の月明に鳴きし昔を皆とりかへせ 『白桜集』
冬の夜の星君なりき一つをば云ふにはあらずことごとく皆
わが机地下八尺に置かねども雨暗く降り蕭やかに打つ
わが友の墨の蘭花の絵を見つつさびしき冬に入らんとすなり
ニコライの金十字より照り返す夏の光に喘ぐ東京 『定本与謝野晶子全集』
花引きて一たび嗅げばおとろへぬ少女ごころの月見草かな
月見草初尾花立つ水莊の秋の初めに來てやめるかな
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