【宮柊二】『81選』知っておきたい古典～現代短歌！

山茶花ピンク

宮柊二 (みやしゅうじ)

1912年～1986年　新潟県生まれ。歌人。本名肇。

長岡中学校卒業。1932年上京する。種々の職業を転々としながら、北原白秋に師事。1935年の「多磨」創刊に参加。白秋失明後、彼の秘書として口述筆記などをする。

1939年、白秋のもとを去って製鉄会社に入社するが、すぐに応召。1943年帰還。

歌集『群鶏』が釈沼空の称賛を受ける。『小紺珠』『山西省』で戦後歌壇の第一人者となる。1947年、近藤芳美らと「新歌人集団」結成。五三年「コスモス」を創刊・主宰。

宮柊二　歌集

1946年　歌集『群鶏』青磁社

1948年　歌集『小紺珠』古径社

1949年　歌集『山西省』古径社

1951年　歌集『晩夏』白玉書房 (多磨叢書)

1953年　歌集『日本挽歌』創元社

1961年　歌集『多く夜の歌』白玉書房 (コスモス叢書)

1969年　『宮柊二歌集』角川文庫

1971年　『完本宮柊二全歌集』立風書房

1972年　歌集『藤棚の下の小室』白玉書房

1975年　歌集『独石馬』白玉書房

1980年　歌集『若きかなしみ』五月書房

1986年　歌集『純黄』石川書房 (コスモス叢書)

1986年　歌集『緑金の森』短歌新聞社 (現代短歌全集 1)

1986年　歌集『白秋陶像』伊麻書房 (コスモス叢書)

宮柊二　短歌

晩春おそはるをま白き坂が向丘むかおかにいつもいつも見えてたそがれにけり　『群鶏』

磧かはらに赤き旗たてて砂利場あり赤き旗はかなし孤ひとりのごとく　

佇ちてゐる荷馬のまなこしづかなるひたすらにして瞬きにけり

土の鈴鳴らして昨夜よべは遊びゐき一国は欧洲にこの朝あした無し　

昼間みし合歓かうかのあかき花のいろをあこがれの如くよる憶ひをり　

丸の内ビルデング街をいでて来て白け漂ふ梅雨空に対ふ　

朝に夕よに苦しみ過しし一年ひととせのある日道路に蜆買ひけり　『小紺珠』

雨のふる枕木の上にこぼれつつ油は虹のいろにひろがる　

家うつる人の庭より菊の根をもらひて帰るあかるきタゆふを

いくばくのことをなししやあかつきの湖うみのほとりに軍解きてより 　

黄色の菊

一本の蝋燃もやしつつ妻も吾あも暗き泉を聴くごとくゐる 　

英雄で吾ら無きゆゑ暗くとも苦しとも堪ヘて今日に従ふ　

応答に抑揚ひくき日本語よ東洋の暗さを歩み来しこゑ 　

おとろへし妻守りつつ読みきかす人を憎みし鹿の物語 　

おもむろに立ち来こし大臣おとどもの憂げに「信念が違ふ」と言ひて席に戻る

口くち細き秋刀魚を下げて夜の痛き風に逆さからふわが息の緒や 　

曇より明り来きたれる水みづの面を覗きてわれは犬のごときか 　

くらやみに燠は見えつつまぼろしの「もつと苦しめ」と言ふ声ぞする

くるしみて軍いくさのさまを告げし文ふみたたかひ済みて妻のなほ持てり　

くれなゐの茱萸ひと枝を持ちしかばためらふわれや富みしならじか　

山茶花　ピンク

コールターをきぞの日塗りし電柱が雨に濡れて立つわが部屋の前 　

孤独なる姿惜しみて吊し経へし塩鮭も今日ひきおろすかな　

子のために欲しきバターと言ふ妻よ着物を売りて金を得しゆゑ 　

たたかひを終りたる身を遊ばせて石群れる谷川を越ゆ 　

なめくぢのしきり湧く日本の家にゐて土乾きゆく大陸をおもふ　

孤ひとりして椅子に倚るとき厨くりやべに妻がいく度も燐寸擦る音　

まぐはひしのちの疲れの懈たゆき身を遣らむかたなし蚊遣香のにほひ

鞭ふりて寒き路上に独楽を打つ少年四五種類の甲かんだかき声 　

焼跡に溜れる水と帚草ははきぐさそを囲りつつただよふ不安 　

わが母と妻の母とがこもごもに訪とひ来ては帰る複雑なり　

山茶花　濃ピンク

鞍傷あんしゃうに朝の青蠅さばへを集たからせて砲架はうかの馬の口の草液くさじる　『山西省』

岩の面に秋そよぐなる草の影おもほえば遠く来てぞ戦ふ 　

おそらくは知らるるなけむ一兵の生きの有様をまつぶさに遂げむ

暗谷くらだにに昨夜墜よべおちゆきし馬思もへば朝光ぬちに寄り合ひし馬

軍衣袴ぐんいこも銃つつも剣つるぎも差上げて暁あかつき渉る河の名を知らず　

死しにすればやすき生命と友は言ふわれもしかおもふ兵は安しも　

帯剣の手入をなしつ血の曇くもり落ちねど告ぐベきことにもあらず 　

大部隊を目の前にして灰黝はひぐろむ埤湿ひしつの中に追ひこまば如何に　

ひきよせて寄り添ふごとく刺ししかば声もたてなくくづをれて伏す

包囲に移りきたれる敵兵が霧の中にて喇叭を吹けり

山茶花　白色

雨ののちのぼれる月の照れれども紅は暗し夜よの鳳仙花　『晩夏』

梅の花ぎっしり咲きし園ゆくと泪ぐましも日本人われ 　

たたかひのまた来らむを脅えつつ暗々と深く黙もだす空気あり 　

ふぐり下げ歩道を赤き犬はゆく帽深きニイチェはその後を行く 　

保土ヶ谷の丘の上にて春雲は行きとどこほりたなびけるかも 　

南より魚野川うをののがはに激たぎち入る矢破間川やぶるまがはの白波見ゆる

敗れたる国にひびき来き新しき古き隣国の革命のさま 　

昨夜よべふかく酒に乱れて帰りこしわれに喚わめきし妻は何者 　

わななきて激たぎつこころの悲しみもはばかりあれば具体にしがたし 　

足の爪きれば乾きて飛びけりと誰たれに告ぐベしや身のさかり過ぐ　『日本挽歌』

山茶花

新しきとしのひかりの檻に射し象や駱駝はなにおもふらむ 　

あたらしく冬きたりけり鞭のごと幹ひびき合ひ竹群はあり　　

かすかなる歓びにしも譬ふべく運河の面おもの夕映えの黄ぞ　

硝子戸に額ぬか押しあてて心遣る深きこの闇東京が持つ　

新聞配達として働きき戦争に兵たりき今宵四十歳の矮ひくき影あり 　

春の雲いたづらにしてかがやけど夢々惨々ぼうぼうさんさんとして未来あり 　

毎日の勤務のなかのをりふしに呆然とをるをわが秘密とす

見下しの棚田の面に浮苗は片寄りにけり日本の平和 　

三人子をつぎつぎと呼び囲らせばけぶるがにきよし妻なれど母 　

蠟燭の長き炎のかがやきて揺れたるごとき若き代過ぎぬ

薔薇　赤

あはあはと陽当る午後の灰皿にただ一つ煙を上ぐる吸殻　『多く夜の歌』

さまざまに見る夢ありてそのひとつ馬の蹄を洗ひやりゐき 　

青春を晩年にわが生きゆかん離々りりたる中年の泪を蔵ぞうす 　

歳の夜の鐘殷々と霜空にきこえてをりし楽しさ果てぬ

梁・柱・また屋根裏と成りてきて家おもほえず充満を見す　　

広島の雨うちしぶく街をきて原民喜詩碑に対ひ立てりあはれ　　

追ひすがり追ひ迫りつつわれのもの何一つなし子さへ憩さヘ『藤棚の下の小室』

風かよふ棚一隅いちぐうに房花の藤揉み合へばむらさきの闇 　

北支那の暗き曠あらぬ野に兵たりき部隊をうしなひ一人彷徨さまよひき 　

浜名湖の水の光れる端過ぎてきざす眠ねむりにわがあらがはず 　

シラカシドングリ

あたらしく玉取換へし眼鏡にて仰げば空の春の星青き　『独石馬』

老い初めしこの胸底きょうていの漠ひろさをば何に喩へて子らに告ぐべき

初日さす梅の木の下土凍り楕円に鳥の影走りたり　　

労働者深く憩へば頭垂れ炎立つもなく独石馬のごと 　

あらあらと酸素呼吸の音のみす君がみ命迫りてぞある　『忘瓦亭の歌』

大雪山の老いたる狐毛の白く変りてひとり径を行くとふ 　

咽のど乾き銃抱へつつ駈けてゐき六十一歳の夢の中にて 　

山鳩は朝より森に鳴くなれど然さは悲しげに鳴くこと勿れ　『純黄』

行き得ねど若しも叶はむ旅あらばギリシアよりも中国をわれは 　

雉鳩も雀も鳴かず柊二君ベッドに独り遠き雷をきく　『緑金の森』