前田 夕暮 (まえだ ゆうぐれ)
1883年~1967年 神奈川県生まれ。 歌人。 本名、洋造。長男の前田透も歌人。
尾上柴舟に師事。1906年、短歌結社「白日社」創立。翌1907年、「明星」に対抗して、『向日葵』を発刊。若山牧水と並称された。1910年に刊行の第一歌集『収穫』は、「思ったこと、感じたことを正直に歌ひたい」と序にある自然主義作風。 1912年『陰影』では、対象の細部に対する着目が深まっている。1914年『生くる日に』は後期印象派の絵画的効果を取り入れた。1932年『水源地帯』は口語自由律短歌。
夕暮の歌歴は、定型と自由律の間を揺れ動き、生涯変革を求めた。変貌の軌跡は、そのまま近代短歌の多様性を体現している。
前田 夕暮 歌集
1910年 歌集 『収穫』 易風社
1912年 歌集 『陰影』 白日社
1914年 歌集 『生くる日に』 白日社
1928年 歌集 『虹 』 紅玉堂書店 新歌集叢書
1932年 歌集 『水源地帯』 白日社 詩歌叢書
1943年 歌集 『烈風』 鬼沢書房
1946年 歌集 『耕土』 新紀元社
1951年 『夕暮遺歌集』 長谷川書房 現代短歌叢書
前田 夕暮 短歌
馬といふけものは悲し闇深き巷の路にうなだれて居ぬ 『哀楽』
秋の夜のつめたき床にめざめけり孤独は水の如くしたしむ 『収穫』
風暗き都会の冬は来りけり帰りて牛乳のつめたきを飲む
木に花咲き君わが妻とならむ日の四月なかなか遠くもあるかな
君が唇闇のなかにもみゆるほどあかかりし夜の強きくちづけ
君ねむるあはれ女の魂のなげいだされしうつくしさかな
卓上の小いさき塵のけざやかに眼にみゆ人に別れしあした
卵ひとつありき恐怖につつまれて光冷たき小皿のなかに
魂よいづくへ行くや見のこししうら若き日の夢に別れて
マチすりて淋しき心なぐさめぬ慰めかねし秋のたそがれ
ややに倦むややに涙はかはきくるややに思ひは君をはなるる
髪をすく汝がゆびさきのうす赤みおびて冬きぬさざん花の咲く 『陰影』
初夏の野は光るなり大麦のかぜのなかなる君が唇
卓上の銀の時計に打ちひびく暴風する夜の海の底鳴 『生くる日に』
向日葵は金の油を身にあびてゆらりと高し日のちひささよ
誰か一人こらへられずに林道を誰れか馳せゆく春が来たのだ 『虹』
日の暮の往還の上ほのじろし老農ひとり油さげてくる
青空にもみこむ噴水のもみ錐、きりきりひびきをたてる 『水源地帯』
暗い、暗い、とわめいてゐる体を、明るい 日のなかに持出してやる
自然がずんずん体のなかを通過する― 山、山、山
自然のいかめしい意志!原始暴力をひそめてゐる富士にうたれる
デツキに繋がれた馬!眼かくしされた動物の顔をつくづくみる
噴きあげる噴水のほさきに、青虹がわいて、硬質陶器のやうな冬空!
みるみる森を村落を田土を平面に押しひろげてのぼる機体!
富士を凝視し富士に没入し時に富士に抱かれて眠ることを思へり 『富士を歌ふ』
日本列島山林構成は多く山毛欅帯なり冬されば樹幹しろじろ光る 『耕土』
もののふの悲しみ思ふ自決せしうら若き人は幾人ならむ
暗がりにのばす手先にふれたるは繃帯せるゴッホの頭らし 『夕暮遺歌集』
ともしびをかかげてみもる人々の瞳はそそげわが死に顔に
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