百人一首三番【あしびきの山鳥の尾】柿本人麻呂の歌意と現代語訳・徹底解説

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三、柿本人麻呂

あしびきの 山鳥の尾の しだり尾の
ながながし夜を ひとりかも寝む

拾遺和歌集 巻一三・恋三

【現代語訳】

山鳥の尾の、その垂れ下がった長い尾のように、秋の長い長い夜を独り寝で過ごすことになるのだろうか。

【語句の意味】

  • あしびきの:山にかかる枕詞。万葉時代以来、情景描写の導入に使われる表現。
  • 山鳥の尾のしだり尾の:キジ科の山鳥の長く垂れた尾。古歌では長いものや寂しさの比喩によく用いられる。
  • ながながし夜:長い長い夜。恋しい人を思いつつ、夜が明けることなく続いているように感じる時間。
  • ひとりかも寝む:「かも」は疑問や感嘆、「寝む」は未来の意志的表現で「ひとりで寝ることになろうか」の意

拾遺和歌集

本歌は、平安時代中期の勅撰和歌集である『拾遺和歌集』に掲載されています。『拾遺和歌集』(しゅういわかしゅう)は、十世紀末から十一世紀初めにかけて編纂され、三番歌は巻十三「恋歌二」に収録されています。『拾遺和歌集』は『古今和歌集』『後撰和歌集』に続く、三つ目の勅撰集として成立し、藤原公任の主導で編集が進められました。「拾遺」の名は、前二集に採られなかった優れた歌を集めたという意味合いが込められています。

この歌集の特徴としては、時代をさかのぼる優れた古歌を再評価しつつ、当時の風雅や美意識を反映した叙情的な新作を取り込んでいる点にあります。「写実性」と「幻想」を巧みに組み合わせた和歌が目立ち、恋愛・自然・人生の諸相や、四季の変化、旅や別れの情趣など、多彩なテーマがバランス良く収められており、日本の和歌文化の発展に多大な影響を与えました。本歌もまた、そうした「恋と季節の哀愁」を見事に詠みあげた名作と評価されています。

【歌の鑑賞】

この歌は、秋の夜長に一人で寝る寂しさ、恋しい人に会えない孤独感、長く垂れ下がる山鳥の尾を夜の長さに重ねる巧みな比喩が際立っています。山鳥(やまどり)の雄は夜になると雌と谷を隔てて離れて寝るという習性があると古くから伝えられ、その孤独さが人間の恋のわびしさと重なります。

「あしびきの山鳥の尾のしだり尾の」は序詞として「ながながし夜」を導く役割を果たしつつ、山鳥の尾の長さと夜の長さを重ねることで、一層の寂しさを具体的に、視覚的に印象づけています。恋しい人と会えないままに、夜はいつまでも明けず、心細さばかりが募る。そんな気持ちが、「ながながし夜を ひとりかも寝む」に託されています。

山鳥の習性からくる連想や、恋と孤独の心情の重ね方は現代人にも共感される普遍性を持ちます。また、「かも」と詠嘆を交えることで、心の中の「どうして自分はひとりなのか」という哀しみや孤独が読者にも伝わってきます。当時の宮廷でも、季節と人の情感が重ねられる歌が愛されており、この一首もその代表格に数えられる理由です。

さらに、「夜」の情景が山鳥の長い尾によって際立ち、時間の流れとともに深まる侘しさが端的かつ情緒豊かに描かれています。この「間接的な孤独の表現」という技巧は、以後の和歌にも大きな影響を与えました。単なる恋の歌ではなく、人生のわびしさや祈るような気持ちなど、日本人ならではの「もののあわれ」に通じる一首として、今日も読み継がれています。

【作者について】

柿本人麻呂(かきのもと の ひとまろ、7世紀後半〜8世紀初頭)は、『万葉集』の代表的な歌人であり、後世「歌聖(うたのひじり)」とまで称されました。生涯の詳細は謎が多いものの、持統天皇・文武天皇に仕え、宮廷歌人として様々な行事や旅路で多くの歌を詠みました。その作品は長歌・短歌ともに優れ、物語性と技巧、そして情感の豊かさで群を抜いています。

彼の歌は、多くが大和地方や石見地方(現在の島根県)を舞台にして詠まれており、特に晩年は石見国司として現地に赴任し、そこで生涯を閉じたといわれています。個人としては地位は決して高くありませんでしたが、朴訥とした人柄と深い感受性から、宮廷・民間問わず支持されました。

人麻呂の歌は、時代や身分を超えて人間の本質的な「哀しみ」や「祈り」、「愛」を素直に表現している点で高い評価を受けています。例えば、旅の歌(東国へ赴く哀しみ)や死者を悼む歌、恋の歌など、その表現域の広さと深さは、日本の古代文学の中でも際立っています。彼の死後、石見地方には柿本神社が祀られ、その名は日本各地に伝わるなど、後世の人々にも絶大な尊敬を集め続けました。

また、万葉集に収められた90首余の歌の中には、個人的な感情を超えた普遍的な人間の心の動きをうたいあげるものが多く、その姿勢と作風が、後代の詩歌にも大きな影響を与えています。彼の生涯や作品をたどると、時代を超えて人の心に寄り添う、人麻呂の深い人間味に触れることができるでしょう。

 

【参考文献】

 

 

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